2024年3月22日
私は幸せのベクトルが低い。
常々思う。日々楽しく生活するのに必要なのは、喋る相手と空間とお酒。欲を言えばちょっとしたつまみだと思っている。
インスタのストーリーでDiorの紙袋と商品をシーツの上にご丁寧に広げてキラキラのエフェクト付けて「最高のプレゼントありがと〜」なんて言ってる奴。
プレートに対してちっさい面積にしか乗ってないケーキを必死に映えさせようとして撮ったおしゃカフェの写真。おいそのケーキ1個あれば、スーパーの夕方の見切りのシュークリームいくつ買えんだよ。
私は高いものや食事は本当に大切な時に、一生で10本の指に入るくらいあればいいと思っている。
最初にも話したが、楽しく生活するのに必要なのは、喋る相手と空間と飲み物。欲を言えばおつまみだと思っている。でもこれを手に入れることの方が、高いものにありつくよりもずっとずっと難しいのかもしれない。
ねえ今日夜ひまだから飲もうよ。夕方のちょっとした空き時間に公園でダラダラ立ち話したい。今ちょっと空いたからそっち行くわ。こんな私の身勝手なゆーずーに聞いてくれる人は大概いない。私が求めてるおしゃべりにありつける機会は案外少ない。
今この時この瞬間が埋まらなくても今この時この瞬間が積み重なれば、それは相当な時間になる。寂しさを紛らわすためにバイトをし、頻繁に買い物に行く。
人と場所さえあればいい。
その「人」が一番、手に入りにくいものだ。
私は幸せのベクトルがめちゃくちゃ高い。